青森県六ヶ所村・泊海岸で獲れる「泊うに」。
海底火山の溶岩や海蝕によってつくられたリアス式海岸には、海岸へと続く山々からミネラル豊富な水が流れ、ウニのエサとなる海藻が、まるで森のように生い茂ります。
豊かな恵みの海で育った「泊うに」は、濃厚でくせがなく、後味スッキリ。
旬を迎える6~7月、わずかに解禁される漁で獲れる、極上の逸品です。

「泊うに」の産地・泊海岸は約1,600万年前の海底火山の溶岩や海蝕(かいしょく)によってつくられたリアス式海岸。
ウニが好む起伏に富んだ地形であり、青森県内では下北半島の尻屋崎から八戸まで約100kmの海岸線のうちの約4km、泊地区にのみ見られます。
親潮(千島海流)と黒潮(日本海流)がぶつかることから絶好の漁場として知られる東北の太平洋側。
泊沖は日本海から津軽海峡を抜ける津軽海流(暖流)と親潮(寒流)の潮目にも位置します。
加えて泊海岸は火山活動による隆起でできた浅瀬になっており、大量のプランクトンを含んだ親潮の深層水が沖合から持ち上がるように岸へ流れ込むことで、恵み豊かな磯が生まれました。

泊地区は藩政時代には国内随一のヒノキ出荷量を誇った積出港として栄え、今なお青森ヒバの天然森が生い茂るところでもあります。
泊海岸の後方にあるのは月山(がっさん)や御宿山(おつくしやま)など緑豊かな山々。
ヒバやブナの天然林を通った伏流水があちこちから泊の海岸へと注ぎます。
大自然のフィルターでろ過されたミネラルたっぷりの山水もまた、潮とともに泊の海を育てました。
そんな村のたからものである泊の海は、まさに海産物の宝庫。
最高の環境「泊リアス」ですくすくと育ったのが「泊うに」なのです。

口に入った瞬間に感じる濃厚な旨みと、とろけて広がる磯の香り。
それはウニが苦手な方をも“虜”にしてしまうほどの食味です。
「泊うに」が絶品と言われる理由は、ウニが育った泊海岸の環境にあります。
海と山の恵みを受けた絶好の漁場である泊の海。
磯を見ると一面、海藻がびっしりと岩場を覆っている光景が飛び込んできます。
コンブやワカメ、ヒジキのほか、チガイソやマツモ、この地域では「ミツマタ」と呼ばれる銀杏草など…
これほどまでに多くの種類の海藻が育つ環境は希少で、もちろん栄養も満点!

ウニは食べた海藻によって味に違いが出ると言われています。
「泊うに」のおいしさの秘密は、エサとなる海藻の質の良さと、その種類の豊富さ。
それはまるで、泊の海が凝縮したような旨さとも言えるでしょう。
泊海岸で獲れる「泊うに」は8割が「キタムラサキウニ」、2割が「エゾバフンウニ」。
キタムラサキウニは、上品な甘みとまろやかさが特徴。エゾバフンウニは、身の色が濃く、濃厚な味わいが楽しめます。

「泊うに」が旬を迎えるのは6月初旬から7月中旬。
水揚げは月に2回訪れる、潮位差が最も大きくなる大潮の日に合わせて行われます。
そのため漁が解禁されるのは年間でわずか4~5日だけ。
この季節を待ちわびた漁師たちの腕が鳴る瞬間です。
ウニをはじめとする海産物の乱獲を防ぐ保護区域となっている泊海岸。
中でも「泊うに」の水揚げには、特に厳格なルールが設けられています。
漁獲が許されているのは泊漁業協同組合の組合員のみ。
さらに組合員・約750人の中でも、漁に出られるのは1世帯につき1人までに限られます。

素潜り漁で行われる「泊うに」の水揚げ。
磯の地形を知り尽くしたベテラン漁師たちが一斉に海へと潜り、長年の経験と勘を頼りにウニを獲っていきます。
泊海岸のウニは8月以降になると産卵期を迎えるため、実入りが悪くなり味も落ちます。
「本当においしい時期にだけ獲る」というのが泊の漁師たちの掟です。

泊地区にはウニを塩で一夜漬けする「塩うに」という伝統の食べ方があります。
獲ったその日に殻をむき、取り出した身を塩水に浸したあと、ザルに上げて丸一日かけて余分な水分を抜き、旨みを凝縮させる -。
ほどよい塩分が「泊うに」の旨みをぎゅっと閉じ込め、まろやかで濃厚な味わいに仕上げます。
「塩うに」は冷蔵庫がなかった時代、ウニの日持ちを良くする知恵から生まれました。
かつて泊の漁師たちは、貴重な磯の恵みを保存するため「塩うに」を編み出し、内陸部で米や野菜と交換して生活の糧としていました。
併せて着目したのは恵みの海を形作ってきた泊の山で採れるヒノキ。
泊の山は江戸時代、陸奥守・伊達政宗公に献上された特級品も採られていたヒノキの一大産地でもありました。
そんな泊産木材で作られた「ウニ樽」は、ヒノキの芳香が「塩うに」を包むことで商品価値を高めるのに一役買いました。
海と山の資源がともに豊富だった泊ならではの工夫。
明治期の記録では、青森県内において非常に高値で取引されていました。
冷蔵庫が普及した昭和後期以降、「塩うに」は樽ではなく牛乳瓶に入れて販売されるように。 時代が移ったことで形は変わりましたが、「塩うに」は泊地区独自の食文化であり続けています。

伝統の製法でキタムラサキウニとエゾバフンウニ約5~6個分を瓶詰した贅沢な一品です。
泊地区で漁獲された天然うにを100%使用していることを証明する『産地証明書』が付きます。
そもそもウニはいつから食べ始められたのか?
ルーツをたどると、現在から約7,000年以上前の縄文時代までさかのぼります。
全国的にも稀有な縄文の里としての顔を持つ六ヶ所村。
草創期から晩期まで約1万年にわたる、約150もの遺跡があります。
このうち「表舘遺跡」で見つかった縄文時代早期末葉(およそ紀元前約5,000年前)の小貝塚からはウニの痕跡が出土しています。
リアス式海岸である泊地区の磯でも、当時からアワビやウニ、昆布、ワカメといった海産物が取れていたと推測されます。
例年6月初旬~7月中旬頃まで漁が行われ、「生うに」「塩うに」として出荷されます。
「泊うに」の味を十分に引き出すには捌き方が肝心です。
殻から取り出した「泊うに」を低温の食塩水に入れ、ピンセットで余分な部分を丁寧に取り除くことが重要です。手間をかけて捌かれた「泊うに」は、くせが少なく後味がスッキリ。うにが苦手な方をも“虜”にします。
鮮魚と同じように低温で処理することが重要です。
| 商標 | 泊うにのロゴマーク |
|---|---|
| 商標権者 | 泊漁業協同組合 |
| 登録番号 | 第6842901 |
| 登録日 | 令和6年9月10日 |
| 区分 | 第29類 青森県上北郡六ヶ所村泊地区で収穫されたまたは販売されるうに |
「泊うに」の産地である泊海岸にはさまざまな見どころがあります。
日本列島が、ユーラシア大陸から切り離され、現在の位置におさまった約1,600万年前、泊地区を含む現在の六ヶ所村は海の底にありました。そこに激しい海底火山噴火が起こり、火山の噴出物が堆積して泊のリアス式海岸ができたのです。泊海岸の各所では当時の激しかった噴火活動の跡が見て取れます。
風や波の浸食でできた海蝕洞。海側から見ると斜めに大きな亀裂が入っており、その割れ目が大きくなり穴が開いたと考えられています。
穴の形は、まるであの人気キャラクターが横を向いているシルエットのようだと、SNSで話題に。「泊(とまり)のトトロ」として親しまれています。
300年以上前、江戸時代の旅行家・菅江真澄が泊海岸に立ち寄った際にこの洞窟について村民に尋ねたところ、「弥次郎穴」と答えたとの記録が名称の由来になっています。
弥次郎穴から約200m先にある、海抜約10mから流れ落ちる約7mの滝。
約7,000年前~約9,000年前の縄文海進(温暖化による海面上昇)により岩場が波で削られた後、土地が隆起して海岸段丘となったことで現在の形になったと言われています。
柱状節理(溶岩やマグマ全体が冷え縮むときに五角形や六角形の柱状の割れ目ができる地質構造)が発達したもので、まるで畳のように見えることからその名が付けられました。
通常は縦に入ることが多い柱状節理ですが、タタミ岩は珍しく横に入っているのが特徴です。
岩山に2つ開いた穴。波が打ち寄せると、そこから約7m〜8mもの潮が吹き上がります。岩山の断層の一部分が波によって浸食されたもので、弥次郎穴と同様、菅江真澄の旅行記に記載があります。
まるでサルの顔やしゃれこうべのように見える岩山。波による浸食でできたもので、このほか周辺にも様々な形に見える岩山がいくつかあります。